なんでがんばるのかなぁ?
なんて、ひさしぶりに考えていたわけです。
卒業研究もひとだんらくして、お正月気分も抜けなくて。
気持ち的にも余裕があるからでしょうか。
忙しいときはいつも、
とにかくやらな!!!
と必死になってますが
あたしってなんでがんばってるの?
なんでデザインなの?
じぶんのため?
だれかのため?
んー
自分にとくにがんばってるっていう概念がないのかなぁ。
今までの課題だって、がんばってきたけど
苦ではなかったかな。
さすがに締め切り前は苦しんだりしたけど。笑
がんばってやった。
これより、
気づいたらやってた。
こっちのが正しいかも。
その理由はきっと、すきだから。
あと、まわりからの言葉かな。
麻衣のつくるものが好き
とか
麻衣の描いた絵が好き
とか
すごいね!
とか
いいじゃん!
とかとか。笑
きっと、デザインやってる人って、周りからの声は、活動する上でかなり重要な要素なのではないでしょうか。
だって、こんなこと言われたらやりたくなっちゃうでしょ!笑
いろんな人から言葉をもらえますが
今のこうゆう考え方のあたしを形成した土台は
まぎれもなく、おかあさんからの言葉であろうと思います。
ちいさいときから、絵を描けば褒められ
なにか作れば褒められ
いや、モノがいいわけじゃないんです。
あたしが作ったものだから、褒めるんです。
きっとうちの母は、
有名な人がつくった高価なものと
あたしががんばったよってつくったものを
どっちが良い?って聞いたら、
絶対に無名でなんだかわからない私の方を選ぶでしょう。
そんな育てられ方して、調子に乗ってるんじゃないの!?
って思いますよね?笑
挫折だって味わっています。失敗だって。陰口だって。
でもどんな酷評を受けても、もうやだ!やらない!ってならないでこれたのは
あたしがどんなに冷たくあしらっても、反抗しても、離れて暮らしていても、
絶対に応援してくれる母の存在があってこそなのかなぁと。
あたしの自分でも認める集中力としぶとさは
母からの英才教育のおかげなわけです。
と、大学卒業を間近に控え、大学院入学を控えた娘は思いました。
がんばることに意味はありません。
でも、価値はあると思います。
大きくなって、社会人になって、一人前になったら
温泉にでも連れてってあげようと思いました*
これからも、ちょびっとづつ、もちもち歩いてゆこうと思います…***
これからも、ちょびっとづつ、もちもち歩いてゆこうと思います…***
